41度の熱が教えてくれたこと
布団の中で天井を見つめながら、私は思っていました。
「このまま消えてしまいたい」
私はストレスで心も体も限界を迎えていました。
ある日突然、原因不明の高熱に襲われたのです。
リンパが腫れ、41度の熱が4日間続きました。やっと下がったと思えば、2週間後にまた41度が4日間。大学病院で何度も検査を受けても「原因不明」としか言われず、医師の「しばらく様子を見ましょう」という言葉が、白い診察室に虚しく響きました。
本当は分かっていたんです。
体が悲鳴を上げていることを。心が限界を迎えていることを。
でも認めたくなかった。
「母親なのに」「妻なのに」「働いているのに」
そんな言葉が、私を縛り続けていました。
家では布団から起き上がれず、子どもに「ママ大丈夫?」と心配そうに覗き込まれても、笑顔を返すことすらできませんでした。夫にコンビニ弁当を頼むたびに込み上げる、言葉にならない罪悪感。「母親なのに、妻なのに、何もできない」という自責の念で、胸が押し潰されそうでした。
職場でも体調の異変は続き、夜勤中に倒れて交代をお願いしたこともあります。「また休んだら、みんなに迷惑をかけてしまう」「もう続けられないかもしれない」。そう思いながらも、誰にも本音を言えず、ただ必死に笑顔をつくっていました。
結局、私は仕事を退職しました。
孤独と不安で押し潰されそうになり、「もう立ち直れない」と思ったとき、ふとした瞬間に気づいたことがありました。それが、これから紹介する7つの考え方です。
少しずつ実践するうちに、不思議と発熱は消えていきました。心と体は、ゆっくりと、本当にゆっくりと回復していきました。
何も持たなくなったとき、初めて見えてくるものがあったんです。
1. 完璧という名の呪い

休日になると、布団を干さなければと体を起こしていました。
「家をきれいにしなきゃ」と、まるで自分を追い立てるように動き続けていました。
でも立ち上がった瞬間、めまいがして座り込む。
「なんでこんな簡単なことができないんだろう」
自分を責める声が、頭の中で響きました。
でも体調を崩して、動けなくなって、ある日ふと思ったんです。
誰が「完璧じゃなきゃいけない」と決めたんだろう?
布団が干せなくても、誰も死なない。
スーパーのお惣菜でも、家族は笑顔で食べてくれる。
洗濯物が山積みでも、明日の太陽は昇る。
「今日は洗濯を干すだけでいいよ」
「ご飯はスーパーのお惣菜でも十分だよ」
そう自分に優しく許可を出してあげた瞬間、肩の力がすっと抜けました。心に余裕が生まれて、呼吸が楽になったんです。
完璧を手放したら、生きることが少しだけ軽くなりました。
2. 比べる相手を、間違えていた

介護と仕事に追われて、気づけば友人とも疎遠になっていました。
そんなときにSNSを開くと、友人や知らない人たちの楽しそうな投稿ばかりが目に入ってきます。旅行の写真、おしゃれなカフェ、キラキラした日常。
「私だけが取り残されている」
そんな寂しさと焦りで、胸がいっぱいになりました。自分の人生には何も残っていないような気がして、涙が出そうになりました。
でも、ある朝気づいたんです。
比べる相手を「他人」から「昨日の自分」に変えてみよう。
「今日は10分だけど、散歩できた」
「昨日より少しだけ、笑顔が増えた気がする」
その小さな、本当に小さな変化を認めてあげることが、自分を大切にすることだったんだと分かりました。
他人の人生ではなく、私の人生。
誰と比べなくても、私は私のペースで進んでいいんだって、そう思えるようになりました。
誰かの人生ではなく、私の人生を生きていいんだと思えた瞬間でした。
3. コーヒーの香りを、忘れていた

気づけば、あんなに大好きだったコーヒーさえ飲まなくなっていました。
毎日が「やらなきゃ」に追われて、
「やりたい」を全部手放していたんです。
楽しみを持つことすら、贅沢な気がしていました。
でもある朝、思い切ってお気に入りのカップを棚から出しました。ゆっくりとコーヒーを淹れて、その香りを深く吸い込んでみたんです。
「ああ、生きているんだ」
そう思えた瞬間、涙が出そうになりました。
朝のコーヒー習慣。たったそれだけのことが、「今日を生きてみよう」という小さな希望になりました。
誰かのためじゃない、自分だけのための時間。
それがあるだけで、明日が少しだけ楽しみになる。
小さな楽しみは、生きる理由になるんだと知りました。
4. 「頼まないとやってくれない」という諦め

我が家は「頼まないとやってくれない」家庭でした。
だから私は「私がやらなきゃ、誰もやらない」と、いつの間にか全部を背負い込んでいました。頼むことをやめてしまっていたんです。
でも限界でした。
ある日、震える声で「洗濯、お願いしていい?」と言ってみました。
すると意外とあっさり「いいよ」と返ってきたんです。
頼ることは、迷惑じゃなかった。
支え合うことだったんだって、そのとき初めて分かりました。
完璧な人間なんていません。
一人で全部できる人なんていません。
頼ることは弱さじゃなくて、信頼。
その感覚を持てた瞬間、心がふっと軽くなりました。
「助けて」って言っていいんだ。
そう思えたことが、私にとって大きな、大きな一歩でした。
5. 過去も未来も、手の中にはない

「あのとき、もっと頑張っていれば」
「退職しなければ、こんなことにならなかったのに」
過去を何度も何度も反芻しては、自分を責めていました。
「これからどうしよう」
「もう遅いんじゃないか」
未来を心配して、不安で眠れない夜もたくさんありました。
でも、ふと気づいたんです。
過去を悔やんでも、変えられない。
未来を心配しても、まだ来ていない。
私が本当に持っているのは、今だけなんだ。
今日、何を食べようか。
今、この瞬間をどう過ごそうか。
この瞬間に、何を感じるか。
過去も未来も一度手放して、今に注力してみる。そうしたら不思議なことに、毎日が少しずつ鮮やかに見えてきました。
今をどう過ごすかが、これからの充実につながっていく。
そう信じられるようになりました。
6. 眠ることは、逃げじゃない

私はもともとロングスリーパーで、しっかり眠らないと体を壊しやすいタイプでした。
それでも「寝てばかりいられない」と無理をして、夜勤をこなし、家事をこなし、介護をこなしてきました。
体調を崩して、やっと分かりました。
自分を大切にすることが、誰かを大切にすることにつながるんだ。
退職後は「休むことも大事」と割り切って、眠れるときは思い切り眠ることにしました。十分に眠った翌朝の、あの体の軽さ。「自分を大切に扱うことって、こんなにも心を守ってくれるんだ」と実感しました。
自分に優しくすることは、逃げじゃない。
自分を労わることは、怠けじゃない。
そう自分に言ってあげられるようになったとき、心が本当の意味で休まりました。
7. 空白だった時間に、光を入れた

体調が戻り、長年続いた在宅介護が終わったとき、私の心には大きな喪失感がありました。
介護に費やしてきた時間がなくなって、
残ったのは、空白だけ。
「私は一体、これから何をすればいいんだろう」
最初は戸惑いました。
でも、ある日思ったんです。
「せっかく自由になったのなら、自分のために何かを始めてみよう」
最初に挑戦したのが、一眼カメラでした。次にドローン。そしてダイビング。
新しい世界を知るたびに思いました。
「まだ私の人生には、こんなに楽しめることがあるんだ」
苦しみの後にある自由は、こんなにも眩しかった。
新しいことに挑戦する勇気が、人生に再び光を灯してくれました。

⏬⏬下の記事に私の挑戦が書いてあるので是非読んで見てください!
まとめ:立ち直りは、小さな一歩から始まる


40代で人生に疲れても、立ち直る道は必ずあります。
完璧をやめて。
小さな楽しみを見つけて。
頼る勇気を持って。
今に集中して。
自分を大切にして。
新しい挑戦をしてみて。
これが、私を救ってくれた7つの考え方でした。
そして今、私は心から思っています。
介護を経験した40代だからこそ、次の人生をもっと楽しむ力がある。
苦しさや孤独を知った分だけ、小さな幸せを深く、深く味わえるんです。
あなたも今日から、ほんの小さな一歩で大丈夫です。
布団を干さなくてもいい。
コーヒーを一杯、ゆっくり飲んでみる。
それだけで、明日はきっと変わります。
🌱 あなたが最初に踏み出す一歩は、どんな一歩ですか?
よかったらコメントで教えてください。
同じように悩んできた仲間として、一緒に歩んでいけたら嬉しいです。











コメント